機関銃がない 社面TOPの特ダネ 最後の社会部記者鍛治壮一2020年03月08日 16:06

機関順がないんです 社面TOPの特ダネ
 1971年7月。当時、史上最悪の犠牲となった雫石航空機衝突事故。現場には新聞各社の社会部から大量の記者が投入された。どうも他社に特ダネを抜かれてばかりだった毎日新聞社会部は、ベテランの鍛治壮一を現地に送り込んだ。
専用ブログはこちら → https://kajisoichi.hatenablog.com/

書けなかったこと書きたいこと(鍛治壮一)
雫石事故のショック(昭和46年7月30日発生)

◆社有機で現場へ

 1971(昭和46)年7月30日、岩手県雫石上空で航空自衛隊のF-86Fと全日空のB.727が空中衝突し、乗客乗員162人が死亡した。F-86Fを操縦していたI訓練生はベイルアウト(*1)して助かった。防衛庁記者クラブ常駐だったから、六本木で増原長官や上田空幕長(*2)の記者会見、関連取材と原稿書きに追われた。翌日、事故前後のバッジ(*3)の記録を見せてくれるというので、三沢の北部航空方面隊司令部へ飛び、カラーデータ・スクリーンをチェックした。そんなことで、雫石の現場へ行ったのは事故の10日後だった。
 事故の一報とともに、東京の社会部から10人以上の記者・カメラマンが盛岡支局に応援にかけつけていた。ところが、1週間目に全員が引き揚げてきた。遺体の収容など、現場の取材が終わったためだという。しかし、破片のキズ跡を見ても、B.727とF-86Fのどの部分が接触したかなど、支局の記者では、わからない。他社は応援記者が残っているから、だれかきてほしいという要請だ。8月上旬で東北線は超満員、もちろん新幹線はまだできていない。やむを得ず、毎日新聞社機のMU-2が私と、警察庁キャップをやっているM記者の2人を花巻空港まで送ってくれた。

◆雫石から松島へ

 現場では運輸省の事故調査委員と、それを手伝う航空自衛隊員が機体の残がいを調べていた。もう100人以上の記者たちが取材したあとだから、新しいものは何もない。次の朝、列車で松島まで戻った。事故を起こしたF-86Fは浜松の第1航空団所属で、訓練のため松島の第4航空団に派遣されていたからだ。松島のH航空団司令は顔見知りだった。第1航空団副司令のときに取材したことがある。
 ここで新しい事実もつかめた。その内容は次号に書くとして、自衛隊を取りまく雰囲気は厳しかった。上田空幕長が遺族に土下座する写真が新聞に載るし、“人殺し”呼ばわりにも耐えなければならなかった。

◆機関銃がなくなった

長い取材を終えて帰ろうとするとH空将補がこう言う。「鍛治さん、困ったことがあるんです」--これ以上、困ることなんかあるんだろうか。「なんですか?」「いや、言っていいかどうか……。じつは落ちたF-86Fから機関銃がなくなっているんです」「えっ!!」
 F-86Fは機首に12.7mm機関銃が6挺、埋め込むように装備されている。「空中衝突したとき、はずれて落ちたんですか」「いや、そうじゃないんです」「えっ!!」「ネジ回しか何かで、取りはずした跡があるんです。事故後、かなりたってからF86-Fの残がいの近くに警備員を立てたんですが、その前に、はずされた跡があるんです」「六本木の空幕には知らせたんですか」「ええ、空幕までは……」「警察や事故調には?」「知らせてないんです。これだけ世間を騒がせ、国民の皆様に申し訳ない事故を起こして、その上、機関銃を盗まれたなどと警察に言えません。まだ黙っているんです」

◆「やっぱり盗まれている」

 盛岡支局にとって返し、F-86Fの機首と機関銃の位置の絵を描いて(*4)、警察庁キャップのM君に渡した。「警察庁から現場指揮で君の知ってる警視がきているだろう。彼にこれを渡して、機関銃が付いているかどうか調べさせろ。盗難が事実だったら、こっちは夕刊の特ダネ記事にするから、他社には言うなとクギをさしておいてくれ」
 翌朝、M記者から「機関銃が付いていません」と電話がきた。
『F-86Fから機関銃が盗まれた』が、夕刊社会面のトップ記事になった(*5)。当時も過激派の動きに神経をとがらせていたから、だれが、なんの目的で盗んだのか、世間は注目した。他のマスコミから「なぜ盗難の事実を隠していたのか」と非難攻撃されたが、こっちが警察に教えたネタだから、ニュースソースは伏せてくれた(*6)。
 半月ばかりたって、近くの農家の押入れから機関銃が発見された。背後関係はなく、F-86Fの残がいを見て、「記念に持っていこう」と道具を使って若い者が機関銃をはずし、自宅に隠していたという。
 機関銃盗難が問題ではない。その事実を警察に通知できない航空自衛隊に、雫石事故のショックの大きさをみる。

脚注(鍛治信太郎)

*1 ベイルアウト 飛行不能になった時、パイロットが緊急脱出すること。
*2 空幕長 航空幕僚長。航空自衛隊を指揮する航空幕僚監部(空幕)のトップ。
*3 バッジ・システム 自動警戒管制組織(BADGE)。Base Air Defense Ground Environmentの略。全国のレーダーサイトなどをリアルタイムで結んだネットワークで、領空侵犯への自動警戒などを担う。

*4  鍛治壮一はポンチ絵のような物を書くのが得意だった。
*5 写真の通り、確かに第1社会面のトップ記事だが、機関銃が行方不明になったにしては扱いが小さくないだろうか。今ならもっと大騒ぎになる気がする。万事おおらかな時代だった。
*6 新聞社から重要なネタを提供された場合、その社が記事にするまでは他社には漏らさないのが信義だった。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://kajiyan.asablo.jp/blog/2020/03/08/9222005/tb