宇宙の広さは有限だが果てはない事を教えてくれた19世紀の名著2022年05月23日 12:31

宇宙の広さは有限だが果てはない事を教えてくれた19世紀の名著
 子供の頃に読んだ「二次元の世界」(ブルーバックス)の新訳改訂版が出ていたので、甥っ子に、これを読めば「宇宙に果てはあるのか」「宇宙の外はどうなってるのか」といった疑問の答えが自然に分かると勧めた。小学生でも理解できる寓話のようなSFであり、しかも優れた啓蒙書になっている。この19世紀の名著を読んでいたおかげで「宇宙の広さは有限だが果てはない」というモデルがすんなり類推できた。モデルに過ぎず、証明はほぼ不可能に近いくらい難しいが。最近も「宇宙の端の奥はどうなっているのか?」という質問を受けたので、とりあえず、これを読めば、「宇宙は4次元的な球の表面の3次元的な球面のような存在。宇宙の外は我々3次元生物には認識できない」ということが理解できるはずだと答えておいた。ただ、「自分はこれを小学生の時、原著(英語版)で読んだ」などとのっけから自慢話の序文が付いているのが余計。

全世界的に理科教科書が何十年も間違えてた2022年02月25日 11:20

全世界的に理科教科書が何十年も間違えてた
月による潮の満ち引き「潮汐力」を遠心力で説明。最初にエラい人が間違いを書き、それを孫引きした教科書が増殖したようだ。

https://www.facebook.com/groups/561855477920977/permalink/1137266640379855/

50年前のアンドロメダ変異株 マイケル・クライトン は現実になるか2021年11月29日 19:01

アンドロメダ株は現実に
 オミクロン株でギリシャ文字も残り少なくなって来たが、最後のオメガまで行ったら次は星座らしい。Aから始まるなら知名度から見て最初はアンドロメダだろう。「惑星ソラリス」や「地球が静止する日」などと並んでSF映画の金字塔に「アンドロメダ病原体」というのがある。奇しくも原題は「アンドロメダ株」(The Andromeda Strain)。原作がマイケル・クライトンだというのも初めて知った。半世紀も前から活躍していたとは。

月食赤い何故 月から見ると地球の縁も赤い2021年05月27日 06:57

月食赤い何故 月から見ると地球の縁も赤い
 昨日の皆既月食、月面から見れば地球が太陽を覆い隠す皆既日食。月から見たら月から地球の周りを朝焼け、夕焼けの赤い縁取りができているのが見えるのではないか。NASAのサイトに、その様子を想像した動画がある。
https://svs.gsfc.nasa.gov/4341#22148

◆月食が赤く見えるのはどうして? それは夕焼けが月に当たってるからア~
https://kajiyan.asablo.jp/blog/2021/05/26/9381556

月食が赤く見えるのはどうして? それは夕焼けが月に当たってるからア~2021年05月26日 19:03

月食が赤く見える何故? 夕焼けが月に当たってるからア~

某番組風だが。月食は、月が地球の後ろに入って太陽からの光が遮られる現象だ。月に地球の影が落ちているとも言える。だが、月は影のように黒くならず、赤銅色に見える。なぜか。太陽から来た平行光線が地球の縁の大気にぶつかる。これらは日の出と日没の地点だ。すると、光が空気中から水の中に斜めに入ると屈折するように、太陽光が内側に曲がって月に当たる。地球の縁の大気が凸レンズのような役割を果たすのだ。日の出と日没の時の地面にほぼ平行な太陽光線が大気の中を通ってくると、波長の短い青い光は途中で散乱される。波長の長い赤い光だけが来て、朝焼け、夕焼けは赤く見える。この朝焼け、夕焼けの赤い光が大気を通り抜けて月に当たっているのだ。

◆月から見た地球食
https://kajiyan.asablo.jp/blog/2021/05/24/9380853

月から見た地球食2021年05月24日 18:55

月から見た地球食
「地球も他の星のように光っているのですか?」と質問され、かぐやの「満地球の出」の動画を紹介した。ふと考えたのだが、月から見た満地球の配置(地球からは新月)は太陽-月-地球が一直線に並べば地球食の配置(地球からは日食)。この時、皆既地球食になるのか、ドーナツ型部分地球食になるのか。地球視点で太陽と月の視直径がほぼ同じなら、月視点だと月の影は地球を覆い隠せないのではないかと。地球に月が影を落とす日食の皆既帯はとても狭い。ドーナツどころか、月から見たら小さな黒丸が動いてるようにしか見えないのでは。かぐや2を飛ばして撮ってきてほしい。
 明後日は回帰月食の日。月から見たら皆既日食の日だ。

月と地球~ 「かぐや」 が見た「ふるさと」~
https://www.youtube.com/watch?v=mxJjNW_8QMg

高山の酒中の仙 私が会ったノーベル受賞者12020年11月13日 15:49

高山の酒中の仙 私が会ったノーベル受賞者1
小柴昌俊さんに初めて会ったのは、ノーベル賞受賞より数年前の小柴さんが71歳の時。岐阜県高山市の国際ニュートリノ会議。早朝、会場外でぽつんとベンチに座っていたので、隣に座って質問した。「アメリカに同じ研究をしている競争者がいたのに、どうして日本のチームは勝つ事ができたんですか?」「アメリカは既製品の光電子増倍管を使っていた。日本は浜松フォトニクスが特注で、大きいのを作った。増倍管の数やプールの水量は少なくてもより多くの微弱な光を捉えられる」。そのご様子は、二日酔いではなく、どう見ても朝から聞こし召してるとしか思えない。健康問題があって晩年は酒を断たれたそうで、ノーベル賞決定後に会った時はシャキッとされておられたが。

言葉が見つからなかった2019年12月25日 17:58

 一応、物書きの端くれ。物書きとは言葉を探す仕事だと思う。
知りあいの研究者の20代の長女が突然亡くなったと知らせがあった。詳しい事は分からない。家族が見つけた時には倒れて冷たくなっていたという。予期せぬ突然の心疾患らしい。
 仕事上の知りあいだが、その研究者は家で花見の会を開いていて、毎年、20人、30人の友人が集まっていた。たまたま近所に住んでいたBOØWYのドラムスが来ていた事もあるそうだが、浮世離れした学者たちなので誰だか分かってなかったという。その会で奥さんにも、小学生だった娘さんたちにも何度も会った事がある。
 たまたま東京を離れていたので、葬儀には出られなかった。もし参列したら奥さんたちにどんな顔をして会ったらいいのか分からない。
 生まれて初めて弔電を打つ事にした。全く言葉が見つからない。率直に「言葉が何も見つかりません」とご冥福をお祈りしたが、定番の家族への言葉がなかった。
 NTTに電話し、短いメッセージを伝えると、オペレーターが「家族の皆様におかれましてはご自愛を・・・と付けると、やわらかになりますが」と助言。そのまま従った。

データ見逃しでノーベル逃した米国人 惑星発見の物理学賞2019年10月11日 16:13

 今年のノーベル物理学賞が決まったジュネーブ大と同じ頃に同じ方法の観測をしていたグループは他にもあった。ノーベル賞サイトの解説にも出てくるカリフォルニア州立大サンフランシスコ校やUCバークレーのグループ。観測している恒星数などはジュネーブ大より豊富だっただろうから、先入観を持たず、無心にデータと向き合っていたら、受賞者は変わっていたかも。
 惑星を直接見るのは難しいので、ジュネーブ大などの研究者は間接的な方法で探した。それはこんな方法。木星を凌ぐような巨大な惑星であれば、恒星の方も惑星からの引力の影響を受けるので、我々から見て、惑星が恒星の前に来た時と、後ろに来た時で、恒星がほんの少しだけ前後に動く。この前後のゆれの速度をドップラー効果という方法で測った。
 ちなみに当時、「数十光年離れたところにある超巨大なものがカール・ルイスぐらいの速さで前後に動くのを測るという超精密測定だ」と書いた。これは今となっては例えが古い。
 ただし、この方法は地球のような小さな惑星では軽すぎて恒星がほとんど動かないので測定は無理。また、惑星の軌道が我々視線方向に対して水平に近ければいいが、垂直に近いとほとんど観測できない。それでも、近場の恒星を手当たり次第に調べてればいつかは当たるだろうと。
 木星だと1周に12年もかかるので、どのグループも観測には何年もかかるだろうと気長にデータを貯めていた。そんな中、ノーベル賞に決まったジュネーブ大のグループが、ある時、地球から約40光年離れた恒星「ペガスス座51」のデータに小刻みなゆれがある事に気づいた。実は猛スピードで回っている惑星があって、何と4日で1周していたのだ。ジュネーブ大の発見を聞いて、カリフォルニア州立大サンフランシスコ校のグループが1987年から貯めていた自分たちのデータを調べたら同じように惑星が次々に見つかった。

職業科学の例えツッコミ ノーベル物理 惑星探しに思う2019年10月09日 17:18

 太陽系外惑星発見のノーベル物理学賞。ジュネーブ大の最初の発表は1995年で、その1年後、発見が10個ぐらい貯まった時に「太陽系以外の恒星を回る惑星探しが世界の天文学者の間でちょっとしたブーム」というのを書いた。
 その中で、惑星を望遠鏡で直接見て見つけるのが難しい理由をこう書いている。
「惑星は自分自身で光らないため、非常に暗い。その上、すぐそばに明るい星が輝いている。例えば、太陽系で一番大きい木星と比べても太陽は十億倍も明るい。やみ夜に灯台のライトのそばにいる虫を見分けるようなものだ」
 この「灯台と虫」の例えは自分で考えたのだが、きっと記事を読んだのだろう、国立天文台の教授が会見や記者向け説明会でこの例えをパクルようになった。まあ、芸人の例えツッコミと同じで著作権などないが。
 大学や研究機関のプレスリリースは、その分野を知っている人間にとってはとても分かりやすいが、固い用語が次々出てきて、一般読者には近寄りがたいもの。科学の例えツッコミ役として、科学ジャーナリストの存在意義はなくならないだろう。ほかの分野同様、ちょっと詳しい第三者として外部から批判する役割ももちろん重要だが。