砦のない自分を見つめてみたら 良記事書き過ぎ上司の嫉妬で左遷の天才記者達に(2)2020年03月26日 22:28

 故・野沢尚の「砦なき者」という小説がある。テレビ局という砦に守られているからこそ大きなことができる報道番組のディレクターに、砦なき者・無名の青年が殺人というゲームで挑戦する(ぜひ、読んでみてほしい)。
 新聞もテレビも砦としては同じようなものだ。400字詰め原稿用紙2枚分ぐらいの記事が何百万PVという数字をたたき出す。ネット企業と組んだ企画だと数十本の記事で、何千万PVも稼ぐ。こういった数字に社員ライターたちは麻痺してしまっている。この恐ろしいPVの99.9%は砦の力によるものだ。残りの0.1%は、実現は難しそうだがダメモトで頼んでみたら幸運にも取材できてしまったファクトの強さなどだろう。
 ネットにある小説で、「6万PV突破ありがとうございます」「20万PVありがとうございます」といった作者の書き込みを見かけることがある。内容は結構おもしろく、才能のある人たちだ。そんな彼らが新聞で言えば100行の原稿500本分ぐらいの文字数を書いて、ようやく稼げる数万PV、10数万PVなのだ。
 それを砦に支えられた記者は半年前に書いたわずか50行の記事でやすやすと超えてしまう。
 では、砦のない自分はどれほどのものなのか。
 私は夏休みに試してみたことがある。誰も知らないペンネームを使い、会社員であることによって得た知識をいっさい使わず、SFやマンガ、アニメなど子どもの頃からの趣味による知識のみを元手に、100行の原稿50本分ぐらいの字数を書いて、1カ月余りで稼げたPVはどれぐらいだったか。
 大体、5000PVぐらい。ブックマークに登録しているユーザーはおそらく7、8人、継続的に読んでいる人は十数人だろう。ネットでは全くアクセスのないケースだってあり、これは多い方だと思う。意図したわけではないのだが、ネットでは非常に注目されやすいネタだったからだ。
 しかし、砦の力を一切借りない、このたった十数人やわずか5000PVが実に重かったり、プレッシャーだったりする。
 「優良記事を書きすぎて、上司からの嫉妬で左遷させられた」天才記者さんの皆さんも、たまには「砦のない自分はどれほどのものなのか」と見つめてみないと何かを見失うのではないだろうか。

良記事書き過ぎ上司の嫉妬で左遷の天才記者達に一言
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