人によっちゃ納豆もカップ麺も野菜である 野菜・果物で死亡リスク低下2022年09月08日 12:01

人によっちゃ納豆もカップ麺も野菜である 野菜・果物で死亡リスク低下
 19世紀のアメリカで、「トマトはベジタブルかフルーツか」という裁判があり、最高裁でベジタブルという判決が出たそうだ。その理由の一つにデザートで出されることがないからというのがあったとかで、今だと判決が覆るかもしれない。トマトは植物学的にはフルーツという見方もある。日本でも野菜と果物の分類はカオスだ。生産者側の農水省の統計ではイチゴ、メロン、スイカは野菜。市場側の経産省や消費者側でも分類が変わる。そんな中、私が決定版ではないかと最も感銘を受けた分類法は「マヨネーズでいけるかどうか」。一見、非科学的だが、発想としては極めて科学のセンスがあると思う。

1)個人によって分類が違うことを無理なく説明できる
 トマトに何も付けない私にとってはトマトはフルーツ。観測者によって事象が異なるという現代物理の根本にもつながる。物事をその対象物ではなく、観察者がどう反応するかで定義しようという逆転の発想は科学において非常に重要な視点です。

2)野菜と果物(非野菜)の分類を拡張できる
 分類のツールにマヨネーズを導入することで、植物性に限らず、あらゆる食材・食品を野菜と果物(非野菜)に分類できる。ある人にとっては、納豆もクレープもカップ麺も野菜。。ちなみに私はお好み焼きは野菜ではなく、果物ですが、店に行くと強制的に野菜にされてしまう。また、マヨネーズが苦手な人はツールをサラダドレッシングに変えることもでき、さらにあらゆる調味料を使うか使わないかで分類を拡張できる。イチゴをそのまま食べる私にとっては果物だが、練乳をかける人は野菜。有機物の最初の定義は生物が作る化合物だったが、ナイロンやアスピリンのような天然には存在しない人工化合物であっても有機物に含まれるよう定義が変更され、有機化学は化学の大きな柱に成長した。定義の拡張、一般化は科学の進歩と理解に大きく関わっている。
 ちなみにこんなアホな事を最高裁まで争ったのは、フルーツに認定されると関税がかからないんだそうだ。

◆果物・野菜、死亡リスク減 多く食べる人、1割弱低下―9.5万人追跡調査・がんセンターなど
https://www.yokohama-cu.ac.jp/news/2022/20220908gotoatsushi.html
https://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/8961.html

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