スパイカメラを実戦で使った記者 最後の社会部記者鍛治壮一2020年05月03日 17:57

 カメラマニア以外にはなじみがないミノックスという超小型カメラのメーカーがある。機種名もミノックスだ。長さ10センチのほどの棒状だが、性能は高く、接写もできる。戦前にラトビアで生まれ、第2次世界大戦中、スパイが使ったなどと噂される。愛称はまんまスパイカメラだ。映画「女王陛下の007」や「陸軍中野学校」、テレビドラマ「ミッション:インポッシブル」などにも登場した。
 だが、このスパイカメラを「実戦」で使った記者はおそらく鍛治壮一をおいていないのではないか。
専用ブログはこちら→ https://kajisoichi.hatenablog.com/
 1976年2月、後に、田中角栄・元首相が逮捕されることになるロッキード事件が発覚した。米航空機メーカー・ロッキード社が旅客機トライスターと対潜哨戒機P3Cオライオンを売り込むため各国の政府高官や政治家などに数百億円の工作資金をばらまいたという事件だ。
 その日本における中心人物がロッキードの秘密代理人である右翼の大物・児玉誉士夫。毎日新聞と朝日新聞は、ロッキードに児玉を紹介したのは、児玉の通訳を務めていた福田太郎(ジャパンPR社長)で、その後も児玉の通訳として事件に関わったことを同着で報じた。
 当時、防衛庁記者クラブ常駐の編集委員だった鍛治壮一は、「組織暴力の実態」という連載取材を通して総会屋・右翼に強く、航空と防衛に関わる人脈も豊富というかなり稀な組み合わせの得意分野を持ち、ロッキード事件に最も適した社会部記者だったと言える。編集委員はベテランの記者がなる専門のライターで、各社ともそれまでは本社にデンと構えている存在だった。鍛治壮一は、社会部などの部に所属し、取材の前線に出ていき、記者クラブまで担当している新しいタイプの編集委員の先駆けだった。ある原因で経営が傾いていた人材難の毎日新聞ならではの苦肉の策とも言えるのだが。
 全日空のトライスター購入を確かなものにするため、ロッキードが丸紅を通して首相の田中角栄に賄賂を贈ったというのが丸紅ルート。だが、検察が目指していた本丸は、児玉を通して中曽根康弘自民党幹事長に働きかけ、防衛庁にP3Cを買わせたという児玉ルートだ。各社の取材合戦も児玉ルートに集中した。だが、福田太郎は当時、入院中。記者どころか検事の取り調べも思うように出来ない状態。やがて、当の児玉も国会の証人喚問直前に倒れ、自宅から出て来なくなる。

◆「本当にお悪そう」 後輩に叱られる

 そんな中、鍛治壮一は後輩の社会部記者を連れて、病室の福田太郎に独占インタビューをする。以前に、航空関係の取材で面識があり、家族の元に名刺を置いていったら、「あの鍛治さんなら話をしてもいい」と連絡があったのだ。
 病室に入ると、福田は人工呼吸器を付け、息は苦しそう。顔色も悪い。
つい、「本当に具合が悪そうですね」と言ってしまった。後で、後輩から「重病人にあんなことを言っちゃダメじゃないですか」と突っこまれた。昭和の政治疑獄事件では、政治家や関係者が病気と称して入院、面会謝絶になる事がよくある。きっと福田も元気に違いないと思い込んでいた。実際に会ったらマジに重病だったので驚き、つい、率直な本心を言ってしまったのだ。
 面会謝絶の札が付いた病室で話していると、他社の記者がノックする。後輩はここぞとばかりに「他の記者が見張っているから、まだ、出ない方がいいですよね」と、引き延ばし工作に利用する。取材の最中、いよいよ鍛治壮一は持ってきた私物のミノックスを取り出した。普通に撮る時のように顔の位置に持ってきてファインダーをのぞきながらなんてわけにはいかない。腹の位置に両手で構え、福田の目を見ながら、数枚シャッターを切る。
 すると、後輩が「福田さん、写真を撮ってもいいですか」と確認する。「ダメに決まってるだろう」。後で、「何であんな事を言ったんだ、ばれて使えなくなるかもしれないじゃないか」と注意すると、「鍛治さんがうまく撮れてるか分からないから、念のためと思って」。
 独占インタビューはすぐに紙面に載ったが、写真はすぐには載せなかった。ロッキード事件が収束した後、毎日新聞が出した特集本には、「人権に配慮した」的な事が書いてあったが、鍛治壮一の説明は違う。「すぐに載せたら、盗撮がばれてしまう。時間が経てば、あの時かもしれないと思うが、いつ撮られたのか本人も確信が持てなくなるだろ」
 さて、このミノックスは、大学時代から写真サークルに所属していた鍛治壮一が無数に持っていたカメラの1台。特ダネ写真の成功に気をよくした会社が社費でミノックスを買い、記者に持たせるという話になった。「カメラがあれば特ダネ写真が撮れるわけじゃないよ」。鍛治壮一は無邪気に笑った。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://kajiyan.asablo.jp/blog/2020/05/03/9242407/tb