新型コロナはなぜ肺炎が多いか 高病原性鳥インフルが参考になるのでは2020年04月13日 08:13

 新型コロナウイルス、SARSは風邪のコロナウイルスに比べ、なぜ肺炎を起こしやすいのか。高病原性鳥インフルエンザと普通のインフルの違いの研究が参考になるのではないかと思う。
 HIVは免疫細胞に感染する、肝炎ウイルスは肝細胞に感染するなど、ウイルスの種類によって感染する細胞の種類が違い、起きる病気も変わる。ウイルスは細胞を自分の仲間を増やす部屋として使う。細胞を覆う細胞膜の表面には細胞の種類ごとに決まった鍵穴(リセプター)が突き出ていて、ウイルスも種類によって違った鍵を持っている。自分が鍵を持っている細胞にしか入れないのだ。
 インフルエンザもコロナウイルスも、のど(上気道)にある細胞に感染するが、使っている鍵穴が違う。インフルエンザはシアロ糖鎖という鍵穴、新型コロナウイルスやSARSはアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)という鍵穴に合う鍵を持っている。
 インフルエンザが使う鍵穴は同じシアロ糖鎖でも2種類あり、季節性インフルエンザと鳥インフルエンザウイルスで違う。季節性インフルエンザが使う鍵穴は人間ののど(上気道)の細胞に多くあり、鳥インフルエンザウイルスが使う鍵穴は鳥ではのどに多くあるが、人間ではのどの奥、肺の方に多くある。そのため、季節性インフルエンザは人間ののどの細胞に感染して増えやすく、くしゃみや咳の症状を起こし、大量のウイルスがばらまかれ、効率よく人から人へうつる。だが、鳥インフルエンザは、人ののどの細胞には感染しにくいので、人から人にうつりにくい。その代わり、のどの奥の方まで入って肺に達すると肺の細胞に感染し、肺炎を起こしやすい。季節性インフルエンザに比べて、高病原性鳥インフルエンザが人には非常に感染しにくいが、鳥との濃厚接触で感染した場合、重い肺炎を起こしやすい理由だ。
 これと同じような事が新型コロナウイルスやSARSでもあるのではないか。これらが感染する鍵穴にもいくつか種類があり、のどから肺にかけての分布が違うとすればどうか。SARSが使う鍵穴は高病原性鳥インフルエンザのように肺に多く、感染は起きにくいが、感染すると肺炎を起こしやすい。これに対し、通常の風邪のコロナウイルスが使う鍵穴はのどの細胞に多く、感染はしやすいが肺炎は起こしにくい。そして、新型コロナウイルスはこの中間の性質なのではないか。SARSほど肺炎を起こしやすいわけではないが、肺でも増え、のどでも増える。今後、新型コロナウイルスやSARSが使う鍵穴ACE2に関する詳しい研究が進めば、その理由がよりはっきりするのではないか。

http://jsv.umin.jp/journal/v56-1pdf/virus56-1_085-090.pdf

HIV薬,コロナに効果無し そりゃそうだろうね2020年04月09日 21:15

 医学誌界の最高峰ニューイングランドジャーナルオブメディシンに、抗HIV薬カレトラは比較試験でコロナに効果がないという論文が載っていた。そりゃ、そうだろう。理屈からいってもプロテアーゼ阻害剤の使い回しは効きそうにない。試験管内実験でもHIVの時の200倍ぐらいの濃度にしないと効かなかった。
 医学・生物の世界で、理屈から言って絶対うまくいきそうと思っても、実際にやるとダメな事は星の数ほどある。だが、理屈から言ってとてもうまくいきそうにないが、やってみたら案外うまくいってビックリなんて事は極めて稀にしかない。

エイズ薬濃度200倍ならコロナに効く?
http://kajiyan.asablo.jp/blog/2020/03/16/9224792

タミフルよりアビガンな理由 コロナに効きそうな薬はRNA合成酵素阻害剤
http://kajiyan.asablo.jp/blog/2020/02/22/9216635

そりゃ効くよ(試験管内では) コロナの治療法になるかは別問題 評価法の確立が必要:
http://kajiyan.asablo.jp/blog/2020/02/26/9218028

In hospitalized adult patients with severe Covid-19, no benefit was observed with lopinavir–ritonavir treatment beyond standard care.

https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2001282

元患者の血清輸血 ウイルスチェックはしてる USAではね2020年04月08日 15:37

 新型コロナウイルス感染から回復した元患者の血漿を患者に輸血する北里柴三郎の「血清療法」。北里博士の場合は馬など動物の血を使っていたが。以前に、HIVや肝炎の蔓延が怖いと書いたが、少なくともUSAではウイルスチェックをしているようだ。通常の献血並みの安全性は確保されていると。ただ、野戦病院状態の地域で民間療法的に広まると怖い。
 武田が、患者の血液からポリクローナル免疫グロブリンを取り出した血漿分画製剤を開発すると言っている。モノクローナル抗体を開発すると言ってる所もあって、人間の血液を直接使うのではなく、工業的に生産するので、それが一番安全。でも、それをお手頃価格で供給したら、オプジーボなどの抗体医薬は製造コストが高いからどうしても高額になるという言い訳がウソだとバレテしまうから、製薬にとってはうれしくないのでは。

The plasma will be tested to make sure it is not carrying infections like hepatitis or H.I.V., or certain proteins that could set off immune reactions in the recipient.
https://www.nytimes.com/2020/03/26/health/plasma-coronavirus-treatment.html

感染者の血を使う 新型コロナウイルス治療法に関する話3
http://kajiyan.asablo.jp/blog/2020/04/02/9230610

NBA選手も協力 新型コロナ回復者の血液、治療に?
asahi.com/articles/ASN474RP6N47UHBI018.html?iref=comtop_list_int_n02

エボラはコウモリと仲良し? ウイルスは病気を起こすためにいるのではない(2)2020年04月05日 15:00

 「ウイルスは宿主が死んだら自分も死ぬのに、なぜエボラのような人を死に至らしめるウイルスが生まれるのか?」。こんな質問を受ける。
 近年問題になっているHIV、エボラ、SARS、MERSなど人を殺す新興感染症のウイルスには共通点がある。もともと野生動物の自然宿主がいるとされ、最近、人類に感染したウイルスなのだ。HIVはアフリカのサルから、エボラはフルーツコウモリからと考えられている。これらのウイルスは、おそらく、本来の宿主を殺すことがほとんどなく、病気にもさせないのだろう。何しろ野生だから軽症でも病気なんかになったら直ちに命の危険がある。ウイルスの生存戦略として、宿主はなるべく元気でいて、子孫をたくさん作ってもらわねばならない。
 では、なぜ、これらのウイルスは人を殺してしまうのか。死因は主に2つある。
1)感染した細胞を破壊する、感染細胞を暴走させて周囲の組織が破壊されるなどウイルスそのものの作用。
2)ウイルスを排除、破壊しようとする免疫反応が過剰に働き過ぎて、その負担によって体が壊れてしまう
 HIVは免疫細胞を壊し、インフルやSARSは繊毛細胞を壊す。しかし、炎症は感染した細胞ごとウイルスを葬り去ろうという免疫の反応で起こる。エボラウイルスもそれ自体出血の原因になるが、意外にも下痢による脱水症状で死ぬ事が多いという。
 長年、自然宿主と共存共栄しているウイルスは、自分の増殖と宿主の免疫反応とのバランスをうまく取るよう進化しているのだと思う。感染細胞が壊れてしまうほど急激に増えすぎないようにし、免疫に目を付けられないよううまくごまかす方法も身につけているのだろう。ところが、不幸な事故で、快適なアパートから人間の体に引っ越しさせられる。すると、水道の蛇口の開け閉めが上下どっちなのかなどいちいち勝手が違う。つい増殖しすぎて、ウイルスを排除しようとする免疫の嵐(高熱、炎症、せき、くしゃみ、鼻水、下痢など)を引き起こしてしまう。

ウイルスは病気を起こすためにいるのではない(1) 風土病から学んだこと
http://kajiyan.asablo.jp/blog/2020/04/04/9231410

感染者の血を使う 新型コロナウイルス治療法に関する話32020年04月02日 01:01

 中国では、新型コロナウイルスに感染して回復した人の血液から上澄みの血清を取って患者に投与するという治療法が使われている。これって、130年前に北里柴三郎がウサギやネズミで開発した方法だ。

◆血清にウイルスや毒を中和する成分

 人は、はしかなどのウイルスにかかって病気になると二度と同じ病気にはかからない。また、王家の跡継ぎなどは幼い頃から少しずつ毒を飲ませることで、毒への抵抗力を付けるという育て方がある。北里博士は、これらの現象は病原体や毒にさらされることで体内にそれらを中和する物質ができるからだと考えた。そして、破傷風の毒素を使ってそれを証明した。
 死なない程度に薄めた破傷風の毒素をウサギに注射する。徐々に濃度を濃くして、注射を繰り返す。すると、ウサギは致死量の毒素を注射しても死ななくなる。死ななくなったウサギの血清を取ってネズミに注射すると、ウサギの血清を注射されたネズミも毒素で死ななくなる。この毒を中和する物質を抗毒素と名付けた。現代の免疫学でいうところの抗体だ。抗毒素は血清の中にあり、血清をほかの動物に移すことで、抗毒素も移り、毒への抵抗力も伝わることを証明したのだ。この方法は蛇毒血清療法として、馬の血で作った血清がハブにかまれた人の治療などに現在でも使われている。

◆効果は期待できるが、ほかのウイルスに感染の危険

 新型コロナウイルスに感染し、回復した人の血清の中には、新型コロナウイルスを中和する抗体が含まれている。これを患者に注射すれば、新型コロナウイルスを倒せるかもしれない(理屈ではうまく行くはずでも臨床試験で調べないと分からないのが生きものや医療の常)。問題は、輸血と同じでウイルスチェックをしっかりやらないとHIVや肝炎ウイルスなどほかの感染症の蔓延につながる可能性があることだ。すべての病原体をチェックできるわけではないからリスクは必ずある。
 武田薬品が回復患者の血液から抗体(ポリクローナル免疫グロブリン)だけを取り出す血漿分画製剤の開発を進めている。こちらの方が血清そのままより安全性が高いが、万全ではない。
 新型コロナウイルスに強く効く抗体単体だけを作り出す方法もあるが、これはオプジーボなどのようにとんでもない高額になるので、実用化はありえない。

抗ウイルス薬なぜ使い回すか 新型コロナウイルス治療法に関する話1
http://kajiyan.asablo.jp/blog/2020/03/23/9227548

ワクチン効果期待も,間に合わない 新型インフル如き迅速投入は無理 新型コロナウイルス治療法に関する話2
http://kajiyan.asablo.jp/blog/2020/03/30/9229681

アビガンに不都合な点ごまかしてない? 開発者の緊急提言2020年03月31日 15:35

テレビにも出てくるアビガンの開発者白木さんの緊急提言。
「発症6日までにアビガン治療を開始すれば,ウイルスの早期消失,咳嗽の軽減,肺炎の進行や重症化が阻止され,それにより死亡率が激減するであろう」とのことだが、アビガンに都合の悪いデータについてはなんかお茶を濁してる感じが。

>>アビガンに関しては,抗ウイルス活性濃度(EC50)がエボラウイルスと新型コロナウイルスで同じであることが報告された9)10)。

ツッコミ(1) 確かにエボラとは同じぐらいだが、本来のターゲットであるインフルと比べると18倍ぐらい濃いことには触れていない。アビガンの濃度をインフル向けの時より相当濃くしないとダメなのでは。

>>このことは,細菌でいえば,大腸菌とブドウ球菌でMIC(最小発育阻止濃度)が同じであれば,同じ投与量で同様に効果があることを意味する。細胞培養レベルで効くことがわかれば,EC50値の大小は投与量が変わるだけで,有効性は維持される。

ツッコミ(2) 投与量を増やせば濃度が上がって有効性は維持されるかもしれないが、現在の投与量は人間の酵素を阻害してしまうIC50との比がそれほど大きくない濃度であることには触れていない。投与量を増やした場合、人間の細胞の活動を阻害してしまうかもしれない。副作用の問題はどうなの?

 さて、中国のアビガンの臨床試験では従来の投与量で効果があったとされてる。

1)投与群と非投与群で、年齢、基礎疾患などの偏りがない分け方になっているか。
2)偽薬を使い、患者本人にも医者にも本物かどうか区別がつかないダブルブラインドになっているか。
3)臨床試験の責任者や医師に利益相反がないか。(アビガンを中国で委託販売する企業から研究費をもらっていないか、その会社の株主でないかなど)

以上の点をクリアしても、なおかつ、通常の用法量で効くなら、これまでの薬剤の用法は何だったのか。EC50の100倍ぐらいの濃度になる量を飲んでますが、その10分の1ぐらいで十分なのではないかと。

ウイルス感染症(COVID-19)治療候補薬アビガンの特徴(白木公康)
https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=14305

ワクチン効果期待も,間に合わない 新型インフル如き迅速投入は無理 新型コロナウイルス治療法に関する話22020年03月30日 12:43

 先日、たまたまNスタというワイドショーを見ていたら、元国立感染症研究所の岡田さんが「コロナウイルスはRNAウイルスだから変異しやすい」と説明していた。一般論としてRNAウイルスは変異しやすいのは常識だが、この人は、感染研出身なのに、コロナウイルスは例外的に変異しにくいRNAウイルスだという事を知らないのだろうか。アビガンの開発者・白木公康さんによると、コロナウイルスはRNA複製の間違いを校正する酵素があるため、変異しにくいそうだ。
 インフルのワクチンは、感染阻止や発病阻止には全然効かないが、コロナウイルスのワクチンは効果が期待できそうだ。天然痘やはしかのように撲滅可能なウイルスかもしれない(ただし、インフルのように人間以外の動物の中で変異する場合は厄介)。
 さて、NIHは実際に現場で使えるようになるまで1年から1年半ぐらいはかかると言ったようだが、かなり希望的観測ではないか。
 前回書いた抗ウイルス薬と同じで、ワクチンにするウイルスの株選定などはそんなに時間がかからない。

<抗ウイルス薬なぜ使い回すか 新型コロナウイルス治療法に関する話1>
http://kajiyan.asablo.jp/blog/2020/03/23/9227548

問題は、人間での安全性試験と有効性試験。これに時間と金がかかる。有効性の判定は抗ウイルス薬より難しい。治療薬であれば、患者に薬と偽薬を投与して死亡率が下がるかみればいい。だが、ワクチンは予防薬だ。健康な人に新型コロナウイルスを感染させて、感染を阻止できるかどうか見るわけにいかない。判定がかなりめんどうだ。
 安全性試験の方も一筋縄ではいかない。新型インフルの時は海外の製薬メーカーが大量にワクチンを用意し、日本も税金で買って大金が無駄になった。陰謀説も出るぐらいだ。季節性インフルエンザのワクチンは毎年原料に使うウイルスが違う。だが、ゼロから安全性試験をしていたのでは毎年の生産が間に合わない。株が違うと言っても、同じA香港型なら、シェパードをレトリバーに変えたような物だ。同じ犬だから、ワクチンの製法が同じなら安全性試験を簡略化してもいいという論理だ。新型インフルエンザも同じA型だから犬が狼に変わるような物。犬も狼も遺伝的には種は同じなんだから通常の季節性インフルエンザと同じ扱いにしようというチョッと苦しい論理で認めた。
 だが、新型コロナウイルスは安全性試験を通って承認されている同種のウイルスのワクチンはない。経験がないから、どんな危険な副作用が出るかわからない。安全試験をすっ飛ばして一か八かで試してみなければならないほど致死率の高いウイルスではない。

補足 RNAウイルスはなぜ変異が速いか

 遺伝情報を記録している遺伝子の本体がRNAなのがRNAウイルス、DNAなのがDNAウイルス。ウイルスはどうして変異するのか。細胞に感染したウイルスは、細胞の中で、自分の遺伝子であるRNAやDNAを大量にコピーする。RNAを作るのがRNAポリメラーゼ(RNA合成酵素)。そして、ウイルスのRNAポリメラーゼは人間などの酵素に比べ、コピー能力がおおざっぱ。コピー機(複写機)というよりは手書きの書き写し(写経)に近く、「複写」という情報が「輻射」になったり、誤字脱字だらけ。この写し間違いによってRNAに書かれている遺伝情報が変わり、性質の違うウイルスが生まれる。
 DNAウイルスに比べて、なぜ、RNAウイルスの方が間違いが起きやすいかは省略するが、RNAウイルスであるインフルエンザウイルスやHIVはすごい速度で変異する。コロナウイルスもRNAウイルスだが、誤写を訂正する酵素がいる。

抗ウイルス薬なぜ使い回すか 新型コロナウイルス治療法に関する話1
http://kajiyan.asablo.jp/blog/2020/03/23/9227548

新型コロナ ワクチンの臨床試験開始、45人に投与 米NIH
https://www.cnn.co.jp/usa/35150974.html

抗ウイルス薬なぜ使い回すか 新型コロナウイルス治療法に関する話12020年03月23日 20:43

 新型コロナウイルスの患者に抗HIV薬やインフル薬をなぜ使い回すのか。こういう疑問を持つ人も結構いるようだ。本来、抗ウイルス薬はウイルスの種類ごとに特化し、ヒトの正常な細胞は傷つけにくい化合物を作って使うのが正しい。実際、新型コロナウイルスに対しても新規の抗ウイルス薬を開発するという話は聞く。だが、それに何年かかるのか、一般の人は分かっているのだろうか。それはこんな順番になる。

候補探し段階
(1)標的にするウイルスの部品(酵素など)を決め、その詳しい構造などを調べる。(2)標的(酵素など)にくっついてその機能を妨げる化合物をデータベースから探す。ない時は作る。(3)見つけた、もしくは、作った化合物を改良し、より強く標的に作用するようにし、薬の候補物質とする。

候補絞り込み段階
(4)試験管内の細胞を使った実験や動物実験で、候補物質にウイルスの増殖を抑える効果があるか試す。

実用に向けた試験
(5)2、3個の候補物質を決め、人間を対象にして、安全性試験、有効性試験をする。
(6)以上のデータをそろえて、政府機関に承認申請を出し、審査を受けて、販売承認を得る。
 さて、(1)~(3)の候補探しは、合成化学とコンピューターによる解析の技術の発達により、かなり、素早くできるようになった。(4)の絞り込みもそんなに時間はかからない。だが、ここで毒性が出てしまい、せっかく努力が水の泡になる候補も多々ある。一番の難所は、(5)だ。試験に参加してくれる人をリクルートして、長期の試験をしなければならない。大変な予算と時間がかかる。しかも、副作用が強かったり、効果がなかったり、失敗に終わって、世界に冠たる巨大製薬企業の存亡に関わるような損失になる事もある。
 全体で20年ぐらいかかる事もしばしば。半年から1年ぐらいで新型コロナウイルスが普通の風邪ウイルスになってしまい、開発中の薬が無用の産物になってしまう事もあり得る。そもそも、9割以上の人が放っといても治る病気に薬は必要ない。インフルエンザの治療薬が認められたのは極めて特殊な事情だ。
 これを大幅に短縮できるのが使い回しだ。すでに安全性試験が済んでるので、効果さえ確かめられればいい。承認されている薬の適用拡大は承認手続きもゼロからより手間がずっと少ない。開発費もはるかに安上がりだ。専用の抗ウイルス薬に比べると切れ味は鈍い。試験管内の実験では、元々のインフルやHIVに効く濃度の何十倍や何百倍も濃くしないと新型コロナウイルスに効かないというデータもある。それでも使い回しが一番現実的なのだ。新規開発は、間に合わないのと、営利企業である製薬にとってリスクが高すぎるからだ。
 20世紀の終わりに登場した抗HIV薬やC型肝炎の特効薬は画期的だ。これらは慢性化して体内に居座るウイルス。治療しないと命に関わる病気だ。だから、開発費を回収できるだけの利益を上げている。季節性インフルエンザの場合、毎年多数の患者が出るとはいえ、致死率が低く、治療薬がなければならない病気ではなかった。それでも承認されたのは、致死率は高いが人間にはまれにしか感染しない高病原性鳥インフルエンザが人間にも容易に感染するように変異し、大流行した場合、大きな被害が予想されたからだ。致死率の高い新型インフルエンザに備えるため承認された。最初は、発熱期間が1、2日短縮するぐらいの効果しかないのでは意味がないと懐疑的な医師もいた。だが、季節性インフルエンザで命の危険があるハイリスクな人たちや、高病原性鳥インフルエンザに感染した患者の救命率が上がるという報告が出ている。

コロナは飛沫感染するHIV 脳爆死の流言飛語の出処が分かった2020年03月19日 17:22

「新型コロナは飛沫感染するエイズ」「新型コロナはHIV、SARS、MERSを組み合わせて作った」など、一体どうしたらそんなオカルトな事を思いつけるのかと不思議でしょうがない流言がネットに飛び交っている。その出処になった2つのサイトを見つけた。1が書いたデタラメを引用した2がさらにすごい事にしちゃっている。
1)https://indeep.jp/found-hiv-in-wuhan-coronavirus/
2)https://dailyrootsfinder.com/air-hiv/

 最近には珍しいトンデモ理論。科学する心が欠片もない人間がここまで科学について語るとは。
 順を追って説明しよう。

1)の主張

その1 中国が、一度感染し治癒した者も再感染のリスクがあると言っている。←事実かどうか分からないが可能性はある。
その2 ウイルスなどに感染すると血液中にウイルスを不活化する抗体が作られる ← まあ正しい
その3 HIVに感染すると、体の免疫機構が破壊される(免疫不全状態になる) ← 正しい。ただし、治療をしなければ。治療を続ければ免疫能力は破壊されない。
その4 インド工科大の研究で、「新型ウイルスには 4つの他のウイルスのタンパク質が挿入している」「そのたんぱく質はHIVのタンパク質と同じ」 ← 大間違い
その5 新型ウイルスから見つかった、このタンパク質(正式にはスパイクタンパク質と呼ばれるものです)は、「同じコロナウイルスである SARS や MERS には含まれない」ものだというのですね。  ← 大間違い
その6 この新型ウイルスには「エイズウイルス」の性質が含まれているのです。 ← オカルト的妄想に近い大間違い
その7 「自然進化的に偶然そうなったもの」でない場合、これは、人為的に操作されたことによるものということになってしまう。 ← 大間違い

 1が引用している元の論文はまともな論文だ。しかし、1は英語と化学に弱いらしい。たんぱく質と、たんぱく質の構成部品であるアミノ酸の区別が付いていないのだ。ウイルスのたんぱく質1個1個は、大体100個から1000個ぐらいのアミノ酸がつながってできている。新型コロナウイルスのたんぱく質全体は数万個のアミノ酸からできている。「そのたんぱく質の4カ所でアミノ酸の並び方が6~8個、HIVと同じだった」というのが元の論文。つまり、4カ所あわせても30個ぐらいアミノ酸の並び方が一致しているだけなのだ。数個の並びが一致しても同じたんぱく質ではないし、同じ機能を持つ事は出来ない。
 しかし、その5のような、これらの短いアミノ酸とたんぱく質全体を混同した内容が続く。このスパイクたんぱく質はコロナウイルスに特徴的なもので、SARSやMERSにもあり、HIVにはない。SARSやMERSになく、HIVと一致と書かれているのは、そのスパイクたんぱく質の中に差し込まれている6-8個のアミノ酸配列のことを指す。
 この程度が一致していても、たんぱく質全体としての機能や性質が同じになる事はない。
 また、その7で、「偶然でない=人為的操作」と思っているのも論文やそれへの講評が全く理解できてない。6~8個ぐらいならアミノ酸の配列がたまたま一致する事もある。もしも、偶然でなければ、ある種類のウイルスの遺伝子配列の一部が別な種類のウイルスに移って挿入されたという事だ。これは進化の過程で起きうる事で、別に人間の手が介する必要はない。

で、この1を引用した2が「新型コロナウイルスは空気感染するエイズ」というキャッチーな見出しを付けて、広めてしまった。勘違いの内容は基本、1と同じ。だが、2がさらに強調している点は、新型コロナウイルスが免疫不全を起こすというトンデモ説だ。HIVに感染した人がすぐに免疫不全になると思っているようだが、HIV感染症は10年ぐらいかかって免疫不全になる。早い人でも2、3年かかる。先月感染した人が今月免疫不全になるということはありえない。
 そもそも新型コロナウイルスでは免疫不全は起こらない。HIVは免疫細胞(専門用語でCD4陽性リンパ球)に感染して、破壊するため、免疫不全が起きる。HIVは免疫細胞に感染するために必要なたんぱく質を持っているが、新型コロナウイルスにはこれがないのだ。

エイズ薬濃度200倍ならコロナに効く?2020年03月16日 08:19

 以前に、新型コロナウイルスにアビガンが効く濃度はかなり高めというデータについて書いたが、
<アビガン濃度20倍!にすれば効くかも コロナ 大丈夫か?>
http://kajiyan.asablo.jp/blog/2020/03/07/9221674
同じ感染症学会の抗ウイルス薬使用指針に抗HIV薬のカレトラ(ロピナビル、リトナビル配合剤)についても書かれている。

>> 過去の流行時の報告では MERS ウイルスは EC50 8.0±1.5μM(in vitro)、SARS ウイルスは EC50 17.1±1.0μM(in vitro)であるため、HIV-1 と比較し、200 倍以上の EC50である。このため、MERS・SARS ウイルスの近縁種と捉えられる COVID-2019 についても、HIV-1 と比較して高濃度の EC50を示す可能性があり、用量については有害事象のモニターと合わせ今後の検討が必要である。

 EC50(50%効果濃度)とは、ざっくり言うと、この薬をかけたらウイルスの活動(増殖など)が半分に抑えられる濃度。ロピナビルでは、8.0μM=(8.0*0.62881=)5.0μg/mL、17.1μM=10.8μg/mLになる。
 カレトラの添付文書によると、(ヒト血清非存在下では)「HIV-1標準株に対するロピナビルの平均EC50は10-27nM(0.006-0.017μg/mL)であり」とあり、確かにMERSで300倍、SARSで600倍ぐらいだ。用法通り投与した場合の定常期血中濃度は最大約10μg/mL。最大でSARS、MERSのEC50とどっこいどっこい。しかも、HIV1に対してヒト血清存在下では7-11倍の効力低下がみられたとあるので、どうして効くのか不思議。

 http://www.kansensho.or.jp/uploads/files/topics/2019ncov/covid19_antiviral_drug_200227.pdf