毎年ノーベル的中のケムステ 分野予想は毎回はずれで改良2019年10月09日 18:17

ケムステという化学専門サイトのノーベル賞予想。毎年、化学賞の業績内容を説明するノーベル選考委員の解説者を的中させている。業績はその解説者の専門に割と近い分野というのも的中させている。ところが、肝心のまさに受賞した分野そのものは毎回はずしている。
 そして、今年は戦略を変えている。解説者は自分の専門ともろにかぶる人は避け、近いけどちょっと離れた分野になるのではないかと言うのだ。
 今年の解説者予想1位Åqvist氏の専門は京大にも該当者がいるバイオインフォマティクス。だが、ケムステはあえてそれをはずし、たんぱく質とたんぱく質の反応と読んでいる。具体的名前は挙げてないが、すると、京大の森和俊教授やゲノム編集のシャルパンティエ、ダウドナにも可能性がありそうだ。フェン・チャンははずれて第1世代のゲノム編集を開発した人が入るだろうというのは前に書いたとおり。
 解説者の2番手候補は有機合成が専門。そうすると日本人はたくさんいる。阪大の村井教授と慶応大の垣内教授、微生物化学研究所の柴崎所長、名古屋の山本尚教授などだ。

こんなノーベル賞解説がほしい ゲノム編集の背景2019年10月07日 17:49

「ゲノム編集でノーベル」予想シリーズの3回目。授賞業績のタイトルがゲノム編集メインではなく、「細菌の防御システムの解明」メインだった場合、ただちにその背景の解説をニュースサイトに出してほしいものだ。
 私だったらこんな風に書く。

(以下は発表前の仮なので本気にしないでほしい)

 今年の生理学賞は、最有力とされたゲノム編集技術「CRISPR Cas9」を開発したシャルパンティエとダウドナに授賞されると決まった。だが、3人目は大方の予想だったフェン・チャンではなかった。チャンはシャルパンティエらがこの技術に関する論文を発表した翌年、この技術が人間の細胞でも遺伝子の改変に使えることを2人よりやや早く論文にした。
 特許争いではチャンが勝ったが、科学と特許は別だ。日本国際賞などが科学の業績としてはシャルパンティエらの方が先に確立したと評価している。
 しかし、シャルパンティエらの技術も第3世代のゲノム編集技術と呼ばれ、アイデアとしては三番煎じだ。ゲノム編集技術のツールは、特定の遺伝子にくっつく装置と、くっついた場所でその遺伝子を切るはさみからなる。この考え方はは基本的に第1世代から変わっていない。
 同じアイデアでも後から作られた方が使いやすく、世界に広まった。そんな場合、あまり使われてなくても最初に思いついた人のオリジナリティを重視する。それがノーベル賞だ。
 第3世代のシャルパンティエらと第1世代、第2世代をどう組み合わせるかは難問だ。特に第1世代のツールは特許を持つ企業が法外な作成料を取ったことも普及を妨げた。人類と科学の発展に貢献してないではないかと非難する研究者もいる。
 3世代で、特定の遺伝子にくっつく仕組みが違い、シャルパンティエらのCRISPR Cas9は、細菌が細菌に寄生するウイルスの遺伝子を記憶してバラバラにする防御システムだ。これ自体、生物学上の大発見だから、そのくくりにすれば、第1、第2世代のゲノム編集技術は考えなくていい。
 また、ノーベル賞の前哨戦のように言われている有名な賞との違いを際立たせ、独自の見識を示せる。そんな思惑も見える組み合わせだ。

 とまあ、こんな解説をぱっとネットに載せれば、単なる発表待ちでない科学ジャーナリズムの見識も示せるのではないか。
 発表はいよいよ6時半ごろに迫った。

ゲノム編集のノーベル受賞 3人目は? チャンをあえて外す2019年10月07日 07:35

 今日は、ノーベル賞発表の初日。生理学(と医学)賞の日だ。
 今年のノーベル賞予想、どのサイトを見ても、最有力にゲノム編集技術「CRISPR Cas9」の生みの親、シャルパンティエとダウドナを推している。何年も前から強い候補だが、めぼしい候補がはけてしまったので、いよいよダントツの1番人気になった。さて、この2人は誰でも当たるに決まっているので、三連複の3人目が誰になるか、また、授賞理由の業績タイトルが何になるかまで当ててこそ、真の予想屋だと思う。
 ほとんどの識者や科学記者が3人目として中国系アメリカ人のフェン・チャンを挙げている。シャルパンティエ、ダウドナがCRISPR Cas9のゲノム編集技術を発表した翌年、これが人間の遺伝子編集にも使える事を2人よりちょっとだけ早く発表した。
 だが、私は以前に書いたとおり、別な3人目と違うタイトルを候補を推す。生理学と化学のどちらで授賞するかにもよるが

生理学賞であれば、

3人目は食品会社Danisco社のRodolphe Barrangou
3人の授賞タイトルは「細菌の防御機構の解明(とゲノム編集への応用)」
(「Immune System of Bacteria」、「Bacteria's defense system」といったワードが入る)

 細菌が持つ免疫のような防御機構を発見、解明した事への業績だ。
詳しい事は前回、「ノーベル予想 ゲノム編集名目では出ない タイトルを変えてくるのでは」
http://kajiyan.asablo.jp/blog/2019/10/03/9160738
に書いた。CRISPRを最初に見つけた九州大の石野良純教授が3人目というのも期待したいのだが、なかなか厳しい。これが、石野教授とシャルパンティエらの役割が逆で、最初に見つけたのがヨーロッパ人、それをゲノム編集に結びつけたのが日本人なら授賞もありな気がするが。

化学賞であれば、

3人目は第1世代のゲノム編集技術を開発したSrinivasan Chandrasegaran
こちらはずばり「ゲノム編集技術の開発」でいいと思う。

3人目といっても、仕事をした順番から言ったら、どちらも1人目になるはずだ。

 さて、多くの予想屋が3人目をフェン・チャンとする一つの根拠はガードナー国際賞という大きな賞を3人で共同授賞したからだ。予想屋さんたちは、昨年、同じようにラスカー賞がアリソン単独だったからノーベル賞もアリソン単独で本庶さんは外れるだろうと予想した大失敗を忘れてしまったのだろうか。
 生理学賞は、カロリンスカ研究所の教授会で選ばれる。医者や医学研究者たちがかなり癖のある選択をする。お金はすでに十分持っている彼らは名誉が大好きなはずで、さすがノーベルは独自の見識で賞を出すと褒められたいだろう。ガードナーやラスカーの後追いと言われたくなくて、あえて違う組み合わせやタイトルを選ぶ。そんな事はないとどうして言えるだろうか。

アリソン単独に反対した理由は以下

本庶さんノーベル受賞はなかったはずに大反対 アリソン単独が本来というプロの人たち
http://kajiyan.asablo.jp/blog/2018/12/09/9010083

本庶さん受賞はオプジーボのおかげにも大反対 ノーベル賞はやはりオリジナリティー重視だ
http://kajiyan.asablo.jp/blog/2018/12/10/9010683


もしも、授賞業績のタイトルがゲノム編集メインではなく、「細菌の防御システムの解明」メインだった場合、科学ニュースのサイトは、ただちにその背景の解説を出してほしいものだ。
 私だったらこんな風に書く。
(続く)

ノーベル予想 ゲノム編集名目では出ない タイトルを変えてくるのでは2019年10月03日 17:18

 今年もサイエンス系のサイトや新聞などがノーベル賞の予想を載せる季節になった。どこもトップにあげるのはCRISPR Cas9なるゲノム編集技術を開発したエマニュエル・シャルパンティエ(仏)とジェニファー・ダウドナ(米)だ。一時のiPS細胞と同じぐらい確実視されている。今年かどうかは別にしても、数年以内に取るのは間違いない。
 ゲノム編集技術は動植物のねらった遺伝子を簡単に壊す事ができる技術。品種改良や遺伝子治療への応用が進む。
 さて、誰にも賛成してもらえないのだが、数年前から、シャルパンティエ、ダウドナの授賞理由は、「ゲノム編集技術の開発」というタイトルにならないのではないかと言っている。
 なぜなら、ゲノム編集技術には3世代あり、2人が開発したCRISPR Cas9は第3世代。基本的なアイデアは第1世代と同じなのだ。ただ、第1世代の方法はツールを作るのが難しく、特許を持つ専門の企業に頼まなければならなかった。CRISPR Cas9はお手軽で、どこの研究室でも簡単に作って使えるので爆発的に普及した。
 しかし、ノーベル賞は、オリジナルのアイデアを重視する。同じアイデアの技術で、後からできた方がより使いやすいため、世の中に広まったという場合、あまり使われていなくても最初に思いついた研究者に出すのがノーベル賞だ。
 数年前、この問題に頭を悩ませていたのだが、ふと思いついた。授賞対象の業績をゲノム編集にしなければいいのだ。ゲノム編集のツールは、目的の遺伝子がある場所を認識してくっつく装置と、くっついた部分の遺伝子を切断して壊すはさみからできている。3世代でこの仕組みは同じ。違いは目的の遺伝子を認識する装置の部分だ。
 CRISPR Cas9はこの遺伝子を見分ける装置として、細菌が持っているシステムを使う。このシステムを解明に大きく貢献したのもシャルパンティエ、ダウドナの2人なのだ。
 そのシステムとはこうだ。細菌が過去に感染を受けたウイルスの遺伝子を取っておき、同じ遺伝子を持つウイルスが来たら、CRISPR Cas9のシステムが侵入したその遺伝子にくっつき、バラバラに切り刻む。
 これは、はしかに一度かかった人間の体がはしかのウイルスを覚えていて、2度目以降にはしかのウイルスが来るとただちに撃退する「獲得免疫」というシステムと似ている。細菌のような単細胞生物が脊椎動物の獲得免疫のような防御機構を持っていた。これは驚くべき生物学上の発見。それだけでも生理学賞にふさわしい業績だ。
 そこで、シャルパンティエ、ダウドナの業績を「細菌の獲得免疫の解明」もしくは「細菌の防御システムの解明」、あるいは、長いが「細菌の防御システムの解明とゲノム編集への応用」とすれば、第1、第2世代は関係ない。授賞の背景で、これがいかに生物学史に残る大発見かということを解説し、その上で、近年、この発見がゲノム編集技術として応用され、医学や産業にも大きなインパクトを与えていると加えればいい。
 もし、ゲノム編集技術というタイトルで授賞するなら、ゲノム編集技術の父と言われる第1世代の発明者と組み合わせて3人にすればいいという見方もある。だが、第1世代は作り方が難しいだけでなく、権利を持つ企業が研究目的の使用でも法外な作成料を取ったため、利用が進まなかった。そのため、人類への貢献になっていないと評判が悪い。
 細菌の獲得免疫という業績で出すなら、ダニスコという食品会社の研究者と共同授賞ということになるはず。CRIPRの配列を最初に見つけて報告した石野良純・九州大教授に期待する声もあるが、見つけた後、その意味を解明する仕事に関わらなかったのが厳しい。
 生理学賞の結果は7日月曜日、化学賞は9日水曜日に分かる。

HIVに不死身な能力は輸血でコピーされる(1) 大昔のSFみたいな話2019年03月05日 17:29

 ロイター通信などが、HIV感染が治癒した世界で2例目の患者報告が明日(日本時間)のネイチャーに載るというニュースを流している。

 この治癒の1例目に関しては、2016年12月に「HIV感染を治す」という話を書いている。

内容を大ざっぱに説明すると、

(1) 90年代、不死身の人、発見
 
 どんなに危険な行為を繰り返しても絶対にHIVに感染しない人たちが見つかった。
後に、その人たちはある遺伝子に欠損があることがわかった。この遺伝子がなくても命に関わらないが、HIVが感染するには必須の遺伝子だった。

(2) 00年代、不死身は輸血で伝染する

 HIV感染者に不死身の人の骨髄細胞(白血球をつくる細胞)を移植したら、HIV感染が治った。薬を飲まなくても体内にHIVが見つからない。

(3) 現在、遺伝子操作で人工的に不死身の体に

 HIV感染者の細胞を取り出し、ゲノム編集技術で遺伝子を改変、本人に戻し、人工的に不死身の人と同じ状態にする臨床研究が始まった。

 スーパーマンの特殊能力が輸血で一般人にコピーされる。遺伝子の改変で一般人を人工的なスーパーマンにできる。そんな大昔のSFのような話だ。
 さらには、昨年には、受精卵に同じ処置をして、HIVに感染しない子どもを誕生させたと主張する中国の科学者まで現れた。

 今回、(2)の輸血(骨髄移植)で不死身がコピーされた世界2例目な訳だが。
1例目はほとんど騒がなかったのに、アルジャジーラやCNNまで流しているのは、昨年の中国のデザイナーベビーのせいだろう。

*注)骨髄移植を輸血というのはやや不正確だが、移植というと何か外科手術のようなイメージがある。骨髄を取られる方は大変だが、移植を受ける方は輸血や薬の点滴とほとんど同じ。

ノーベル賞候補も知らなかったので教えてあげた 人間の遺伝子の中のウイルスが防御機構になる2019年01月14日 22:20

 今日、「人間のDNAにウイルス遺伝子 祖先が感染、受け継がれ 発病防ぐ」というのを出している。
 人間のDNA(ゲノム)の中に8%もウイルス由来の遺伝子が紛れ込んでいて、この内在性のウイルス遺伝子が同じウイルスの感染や感染による発病を抑える防御機構になっているという話。
 これ、最近はやりで、毎年ノーベル賞の候補と言われているゲノム編集の技術によく似たコンセプトなのだ。
 ゲノム編集の元になったCRISPR Cas9は、細菌の防御機構。先祖(分裂で増える単細胞生物で親子という概念はあまりないが)が過去に感染したウイルスの遺伝子RNAの断片を保存している。同じウイルスが細胞内に侵入してくると、保存しているのと同じ配列のRNAを認識して、酵素で切り刻むという仕組みだ。この仕組みを明らかにしたシャルパンティエとダウドナたちが、ウイルスのRNA部分を目的の遺伝子の配列に変えれば、目的の遺伝子を壊すゲノム編集に使えると思いついたわけ。

 さて、一昨年、ノーベル賞候補のシャルパンティエとダウドナが来日した時、話を聞きに行ったら、CRISPR Cas9の機構は細菌と古細菌以外の生物では見つかっていないと言っていた。「仕組みは違うが、哺乳類でもウイルスの遺伝子配列を持っていて、ウイルスへの抵抗性になる同じコンセプトの防御機構が存在する」と言ったら、2人は知らなかった。
 「それは抗体のことではないか」というので、「抗体ではない」と。たんぱく質とRNA、DNAの区別も付かないようなド素人と思われたのは心外だったが。
 抗体は対たんぱく質で1代限り。遺伝しない。CRISPR Cas9や内在性ウイルスは子孫に遺伝し、種全体の防御力となる。
 「論文を送る」と約束したが、2人とも半信半疑で「そんな論文が本当にあって見せられるというなら見せてほしいもんだ」(とは言ってないけど)とちょっと小馬鹿にしたような態度だった。後で事務局に総説を送っておいたけど。
 内在性ウイルスと防御機構のことはウイルス学者の間では常識だが、最先端の研究に突っ走っている人ほど自分と少し離れた分野のことは何も知らないものだ。
 シャルパンティエとダウドナがノーベル賞の受賞記念講演で、もしも、内在性ウイルスの防御機構について触れることがあったら、あれは私が教えてやったんだと言ってやろうかと。

HIV耐性ゲノム編集ベビー 気になる間違い2018年12月02日 20:16

 中国で、受精卵にHIV感染を阻止するゲノム編集を加えて、双子が誕生したというニュース。
まず間違いの(1)
 テレビで、受精卵の遺伝子(DNA)をはさみで切って、間に新しい遺伝子を挿入するアニメをつくっていたが、間違い。このゲノム編集は、標的の遺伝子を壊しているだけで、別な遺伝子の挿入はしていない。HIVが細胞に感染するのに必要な膜たんぱく質を作る遺伝子を壊している。それだけで、HIVは感染できなくなるのだ。

もう一つ、間違いと断言できるかどうか微妙だが(2)
 「HIVから子どもを守るほかの方法がある」と学者が非難していると報道されている。だが、特別なことをやる必要はない。HIV陽性の男性でも、体外受精すれば、妻や生まれてくる子どもにHIVが感染する可能性はほぼないと言っていい。また、抗HIV薬がよく効いて、HIV陽性の男性の血液中からHIVが検出されない状態が続いていれば、普通に妊娠しても妻や子どもにHIVが感染することはないことが医学的に証明されている。
 国際エイズデーから開かれている日本エイズ学会でも取り上げる国際的なスローガンは”UNDETECTABLE=UNTRANSMITTABLE”(検出がなければ、感染はない)。
 HIV医療の現場ではそのようなことが常識となっているのに、HIV陽性の夫から陰性の妻や子どもへの感染を阻止するのに何か特別なことをしなければならないかのようなコメントはHIVへの根強い偏見を助長する。