雫石事故の真相 衝突は訓練空域でない 最後の社会部記者鍛治壮一2020年04月19日 11:32

雫石事故の真相 衝突は訓練空域でない 最後の社会部記者鍛治壮一
 民間旅客機と自衛隊の戦闘機の空中衝突で162人が亡くなった雫石事故。「速度の遅い自衛隊機に速度が速い民間機が追突したのだから民間機の方が悪い」という論理がいかにバカげているかは以前に書いた。(http://kajiyan.asablo.jp/blog/2020/03/22/9227159)。さすがにまっとうな知性があればこの理屈は無理だと分かる。そこで、民間機の方が訓練空域に入ったから悪いというもう少し賢い理屈で擁護しているのを見かける。衝突地点が民間機の飛行ルートだったのか、訓練空域だったのか。民事裁判の最大の焦点だ。ANAがいかにして国の間違いを証明したか。

続「書けなかったこと 書きたいこと」第14回 雫石裁判の波乱万丈・その2--科学に挑戦する男
鍛治壮一

◆ボーイング727が訓練空域に飛び込んできた

 全日空機が民事訴訟2審の東京高裁に提出したフィルムとは……。乗客の1人が進行方向右の窓から8mmカラーフィルムで約30分撮影したもの。千歳空港から始まり、函館郊外、青森市付近、十和田湖も写っている。
 B.727機は高度28000ftを水平飛行している。撮影されている地上の建物や橋などが、どのように写っているかを解析すれば撮影位置を求められる。特定できる被写体が3点以上あれば、そこからカメラ、つまりB.727までの距離がわかる。その結果、下を撮っているカメラの俯角も分かる。
 全日空はK航空測量会社に8mmフィルムによる航跡の解析を依頼した。結果は事故調査報告書の「函館NDB通過後は、ジェットルートJ-11Lを飛行して松島NDBに至る経路となる」という推定を裏付けるものとなった。
 初め驚いたのは国側だった。「なんで、いまごろ、これを出してきたんだと思い、裁判所に、この鑑定書の再分析を申し入れた。この要請は容れられ、国が別のA航空測量会社にフィルムの解析を頼んだ。結果は B.727がJ-11Lより大きく西に外れ「訓練空域でF-86Fと衝突した」という国の主張を裏付けるものになってしまった。

◆失意、落胆、絶望のなかに1人の男が

 今度は、全日空がビックリ。あらためて自分たちが依頼したK社に、もう一度調べてもらった。なんと、国の解析とほぼ同じ結果になってしまった。「私たちはマニュアルで解析しましたが、あっちは最新のコンピューターを使ったので、もっと正確なB~C間の距離を割り出したのです」と言う。--まさに青天の霹靂とはこのことだ。
 全日空で裁判を担当しているのは法務部である。技術的なサポートに総合安全推進委員会が加わっている。部員一同、悲痛な面持ちで、連日、対策会議を開いた。「あのフィルムを提出しなければよかった」、「もともと自衛隊は戦うための航空測量の専門家たちがいる」、「このままでは訓練空域にB.727のほうが飛び込んで衝突したことになり、責任は全日空に押しつけられてしまう」
 法務部の担当者全員が打ちのめされ、シュンとなっているなかで、1人だけ違っている男がいた。窪田陽一部員、1941年生まれの38歳である。
 彼は全日空に入社後、1975年から法務部に勤務となり、翌76年、ロッキード事件が発生すると同事件の訴訟対策チームの一員として、別室につめていた。事件の1審判決が出て、若狭社長の控訴審の準備が一段落した83年春、法務部に復帰した。
 彼は、当時は数少ない東京大学出身だが法学部。科学的に国側の再鑑定書が正しいとされたのに、「科学に挑戦してみよう」と考えた。どこか間違ったところがあるから捜し出せ、というなら分かるが、この場合は、正しいというものから誤りを捜し出そうというのだから、普通の思考ではない。理工学部出身とか、技術者、科学者じゃないからこそ、「僕は科学に対して先入観がない。科学に挑戦してみる」という発言になった。
 もう1つ「仲間(事故機のパイロット)が少しの近道をするために訓練空域を飛行するはずがない」という強い気持ちがあったと後述している。--しかし、窪田の言葉に期待する法務部員は1人しかいなかった。当然だと思う。

◆窓にレンズ効果があるはずだ!

 窪田は毎日、図のような絵を何枚も何枚も描いては考えていた。そんなある日、新聞夕刊に「水入りのグラスがレンズとなり、太陽の光で出火」という記事が出ていた。「これだ、 B.727の客席の窓がレンズ効果を及ぼし、解析に影響したに違いない」。すぐに窓の実物模型を作り、東京工芸大学で実験を重ねてもらった。
 その結果、300mの解析誤差があることが証明された。窪田はがっかりした。「先生、300mでは足りません。3kmとか、4km必要なんです」。解析した塩見教授の「なにを落胆しているのです。測量の世界で300mの誤差を突き止めるのは大発見なんです。素人のあなたが発見した人ですよ」という慰めの言葉も、窪田には無駄だった。
 彼はまた、暇さえあれば解析のことを考え、描いた図面は数十枚にもなった。そして、図のような絵で、 B.727(A)は右の方へ引っ張られるのではないか?

 “引っ張られる”とは、なんて非科学的な表現だろうか。この“非科学”が、やがて問題を解くカギになろうとは……。
●(かじ・そういち)筆者は元毎日新聞社会部編集委員、現航空評論家

この続きはこちら↓
<F15に初めて乗った男 最後の社会部記者・鍛治壮一の書斎に眠る昭和-平成史>
https://kajisoichi.hatenablog.com/
https://kajisoichi.hatenablog.com/entry/2020/04/12/185717
https://kajisoichi.hatenablog.com/entry/2020/04/19/112651

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://kajiyan.asablo.jp/blog/2020/04/19/9237039/tb