本能寺を囲んだ桔梗紋 日本人はダジャレが好きだった2026年07月12日 21:33

本能寺を囲んだ桔梗紋 日本人はダジャレが好きだった
 奇襲攻撃を受けた信長は敵はどこの軍勢か問う。桔梗紋の旗に取り囲まれていると知らされ「ぜひもなし」(光秀が相手では観念せざる得ないというような意味だろう)とつぶやいたと伝わる。
 明智氏は源氏の名門である美濃の守護大名・土岐氏の分家。本姓が源氏の一族は支配地域を名字として名乗ることがよくあり、土岐氏も美濃の土岐から来ている。土岐の地名は桔梗の古語「おかととき」からという説や、だから土岐氏は桔梗紋を使っていたという説がある。
 半村良のSF「戦国自衛隊」にこんな描写がある。
時震で戦国時代にタイムスリップした自衛隊員たちは、タイムスリップの地点が分からなくなると困るので、目印に神社を置いた。地元民は自衛隊員たちが祭っているのは「時の神」、トキガミ様だと噂する。時は土岐とも書く。その噂が美濃源氏の土岐氏に伝わる。土岐氏は自衛隊員たちを同族と認識し、合戦に協力する。
 これを読んで、幼心に「戦国武将がそんなダジャレみたいな事するか。そんな都合のいい話はないだろう」と少しバカにした。しかし、名字研究家に話を聞きに行って認識を改めた。
 本家から独立して分家を作る際、読み方が同じで別な漢字の名字に変える事がよくあった。同音の名字が一族であると認識され、結びつきが強くなることは十分ありえるのだ。
 さて、そんな光秀は「本能寺の変」直前の連歌の会でこんな発句(最初の句)を詠んだとされる。
「ときは今あめが下しる五月哉」(ときはいま あめがしたしる さつきかな)
「季節は今、梅雨が降る五月だよ」みたいなのどかな内容。武家の中では特別に教養が高いとされた光秀がわざわざ最初に詠むのがこれ?という感じ。裏の意味があったと深読みされている。
 「天下しる」と読めば「しる」には統治するという意味もある。また、「天が下知する」とも読める。「土岐氏(である自分)が天下を取るのだ」という決意、犯行予告であると。そんな危ないマネはしないだろうと否定論も。日本人には言葉の持つ力に対する強いこだわりがある。決行を知らせる誰かに向けてのメッセージではなく、自分自身への祈念ではないか。
 美濃の守護・土岐氏は守護代の斎藤道三に下克上され、さらに斎藤家は美濃を信長に奪われた。分家の光秀からすれば、足利政権の正当な守護であった本家・土岐氏の美濃を取り返す戦いでもあったわけだ。