理解されなかった元祖空気系 男はつらいよ一挙放送(2)2020年06月27日 13:18

理解されなかった元祖空気系 男はつらいよ一挙放送(2)
 山田洋次の苦労には比ぶべくもないが、我々サラリーマンでもどこかで見た事ある過去の誰かの焼き直しのような企画はすぐ通るのに、経験の長い上司たちがこれまで見たことがないような企画は通らないって事がよくある。自分は相当しつこい性格なので、絶対にウケルと自信のあった案を3年かけて通し、いざ実現すると好評で誰からも文句が来ない、上司たちは自分は反対してなかったとか、プレゼンが悪かった(それは否定出来ない。ライバル社も含めどこにも似た例がないから説明が困難だった)とか言い出すという経験がある。
 映画の脚本家は監督に比べて有名になる事はない。日本には「羅生門」「生きる」「七人の侍」「わたしは貝になりたい」などを書いた巨匠・橋本忍がいる。脚本家としてスタートした山田監督も橋本忍を師と仰ぐ一人。「男はつらいよ」を映画化する時、「今度、映画を作ることになりました」と報告したという。「どんな映画なの?」と聞かれた。「葛飾柴又の団子屋に叔父夫婦と暮らすさくらという娘がいて縁談が持ち上がる。そこへ長いこと音信不通だったフーテンの兄・寅次郎がひょっこり帰ってきて、その寅次郎のせいで破談になる。だが、その騒動がきっかけでさくらは団子屋の裏にある工場で働いていた博と結婚する」と第1作のあらすじを説明。
 橋本は「ふーん。それでどうなるの?」「これで終わりです」「えーっ!?」。
 歴史に残る映画を書いてきた橋本にとって、破談が元で殺人が起きるとか、なにかそこから大事件が起きて初めて映画が始まる。山田の話を導入部(七人の侍で言えば農民が侍を募集に行くシーン、生きるで言えば市役所の課長がガンだと悟って公園を作ろうと思い立つシーンなど)の説明だと思ったのだ。
 完成した「男はつらいよ」を見た橋本は「こういうのが映画になるとは思わなかった」と言ったそうだ。
 それまでの大がかりな日本映画が最初の15分で済ませてしまうシナリオを2時間かけて撮る。アニメの分野に、女子高生たちの何も起きない日常をだらだらと描く空気系というのがあるが、まさに、空気系のルーツと言える。
 フジテレビのドラマだった「男はつらいよ」を映画化する企画を出したら、松竹の幹部はほぼ全員が反対したそうだ。こんな普通の話じゃ誰も見に来ないと。こういう時の上司の常套句は「そんなのは○○じゃない」、「そんなのは○○にならない」。
 ちなみに今日のBSテレ東で放送する第13作は、9作で、父親に反対されていた岐阜の熊みたいな陶器職人と結婚したマドンナ吉永小百合が同じ役で登場するというアクロバティックな回。

<続編嫌で殺したのに一生作らされる羽目に 男はつらいよ一挙放送(1)>
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