仮面ライダーを激怒させた日 一文字隼人・佐々木剛に話を聞きに行った(後編)2019年12月12日 17:22

 仮面ライダー2号・一文字隼人を演じた佐々木剛に会いに行った話の続き。その最後の方で、調子に乗った私はとんでもない失言。してはならない質問をしてしまったのだ。それまであの独特の低音で物静かに半生を語っていた佐々木さんの空気が変わった。
「それについてはこれまで色々とウソを言ってきました。本当の事を言った事は一度もない。言う必要もないっ!」。
 いや、もうね、ショッカー戦闘員をにらみで威圧しながら、「ヘンシンッ」って見えを切る時と同じ声。あまりの迫力に、目の前で仮面ライダーに変身しちゃうんじゃないかと思いましたよ。火花が散りそうなぐらいピリピリとした空気にメチャメチャびびりながらも、私は心のどこか片隅でつぶやいていた。「カッコイイー」。
 「いやあ、あの、別に本当に訊きたいわけじゃなくて、よく上司に何でそういう事訊いてないんだって言われるんで」。パニックのあまり意味不明な言い訳。その慌てふためく姿に一瞥をくれる。佐々木さんの目は、憤怒の色から、フッと悲しみの色に変わった。
 「だって、もしも僕が本当の事を言ったら、誰かが傷つく、誰かが不幸になる事だから」
後頭部から首筋にかけて、今も残る火傷と皮膚移植の痕。人間でありながら人間でない。改造人間・仮面ライダーの悲哀と重なった。
 1982年。仮面ライダーの主演から10年、順調なはずの役者人生は暗転した。
アパートの部屋で消し忘れたストーブから出火。顔や体に火傷を負い、生死の境をさまよった。「新人の扱いで構わない。どんな役でもやります」と復帰しようとしたが、「名前と顔が売れていて無名の新人より返って使いづらい」と仕事がなかった。
 ちり紙交換、竿竹売り、障子の張り替え、清掃業。車で寝泊まりしながらあらゆる職業を転々とした。「生きているのも面倒になった」。
 ある日、親友の青春スター・石橋正次と呑んでいて、石橋さんが座長を務める劇団の芝居に出てみないかと誘われた。酒の勢いで「おう、出せ、出せ」と受けたが、酔いがさめたら怖くなった。舞台の経験はない。何より、芝居自体もう何年もやってない。
「それで逃げたんです。ホームレスみたいな生活だから、こちらから連絡しない限り、探しようがない。しばらく姿を消せば彼もあきらめるだろうと」
 日がたち、「もう十分ほとぼりが冷めただろう」と訪ねると、石橋さんたちは佐々木さんの写真をチラシに刷り込んで、待っていた。「これ以上、姿を現さなかったら本当に大変な事になるタイミングでした」。
 石橋さん本人より、石橋さんの奥さんに、メチャクチャ叱られた。
「どんなに境遇が変わっても、変わらない友情はあるが、家族はそうでない場合がある」と、佐々木さんは言う。「『あの人、何でまた来てるの』っていう顔をされるんです。そういう友人とは外では呑んでも、家には絶対近づかない」。だが、石橋さんの奥さんは違った。
「正次とは男の友情がある。でも、ドン底のときも家族のように接してくれた奥さんには、正次に対する以上に感謝しています」
 火事から9年。再起の台本を手にしたら、気力がみなぎってきた。「人間としても役者としても中途半端。もう少しまともな役者になって死にたい」。
 舞台は恐かった。だが、稽古や舞台の後、若い役者たちと呑んで芝居の話をするのが楽しくてしょうがない。
 「演じていておもしろいのは敵役。いつまでもヒーローを演じることはできないが、残された人生を一文字の心で生きて見せます」
 繰り返し言おう。仮面ライダー歴代シリーズの中で、役者としても、その生き様も、最もカッコいいのは佐々木剛であると。
 私が何を尋ねたか。それはご想像に任せる。

*関連

・ISSAが泣いたのはなぜ 聞きたくて会いに行った 昔の話ですが 仮面ライダーな役者たち
・テレビの常識変えた紅白の(イタイ)プロデューサー 仮面ライダーな役者たち2
・仮面ライダーの戦いは正義のためでない 市川新一の遺言
・番組を愛したが友のため去った男 仮面ライダー2号一文字隼人に話を聞きに行った(上)
http://kajiyan.asablo.jp/blog/cat/maskedrider/

*一文字隼人の東京MX登場は年明け放送の14話から。9、10話で藤岡弘の声が別人になっていたり、11話から千葉真一の実弟の千葉治郎がFBI捜査官滝和也役で投入されたりと、改めて見ると苦労の痕が。