アシモフの傑作が映すコロナ隔離社会2020年08月10日 11:31

アシモフの傑作が映すコロナ隔離社会
「尋問するにあたって、顔と顔をつきあわせて・・・」
 クエモットが、耳障りな奇声を発し、ひっくり返った。よたよたと走っていく姿がベイリにちらりと見えたが、すぐに部屋の外に出て見えなくなった。
 ロボットがひとり入ってきた。「わたしのマスターは、すぐに映像でお会いすると、あなたにそうお伝えするようにと命令されました」「映像でだと?」
 クエモットがどこからともなくあらわれ彼の前に立った。
「直接対面には十分耐えられると思っていましたが、わたしの思い込みだったようです。あなたの一言が私を追い詰めたのです」「どの一言でしょうか?」
「尋問するにあたって、顔と・・・」。ソラリア人は身を震わせた。
「不潔きわまる慣習でしょうが。あなたがその言葉を口にしたとき、その光景が頭に浮かびましてね。あなたの肺にあった空気が、わたしのところまでやってきて、わたしの肺に入るのだと気づいたのですよ」
 ベイリは言った。「ソラリアの大気のどこにでもある分子は、かつて何千という肺に入っていたものですよ。動物の肺や魚のえらに入っていたものですよ」
「確かにそうです」
「わたしはまだ同じ家にいるんですがね、クエモット博士」
「そう、まさにそこなんですよ、この安堵感について驚かされるのは。あなたは同じ家におられる。それが立体ビューアーを使うだけで、情況はまったく変わるんですからね。少なくとも他人にじかに会うのは、どんな感じがするものかということはわかりました。もう二度とごめんですね」
              (はだかの太陽[新訳版] 早川文庫)

 新型コロナウイルスでカミュのペストがベストセラーになってるそうだが。しかし、リモートワークを見ていてむしろ思い出すのは、SFミステリー史上に残る傑作「The Naked Sun(裸の太陽)」。
 ニューヨーク市警のベイリ刑事は、宇宙移民国家の一つ、ソラリアで起きた殺人事件の捜査に派遣される。ソラリアは宇宙国家の中でも特殊で、人口はわずか2万人。1人あたり3000平方キロ(東京都の1.5倍)の土地に1万台のロボットとともに1人ずつバラバラに暮らしている。大多数のソラリア人は生まれてから誰ともじかに会わずに一生を終える。他人との接触は本物のように見える立体ホログラムを使い、会話する。映像でしか他人と顔を会わせず、他人の家を訪問しない国でどうやって人を殺すのか。ベイリ刑事は捜査のために必要だと、ソラリア人の参考人や容疑者たちに直接の面会を強引に申し入れ、冒頭のようなことになる。
 密室殺人の設定を作るために考え出された宇宙国家だが、他人にじかに会うことを極度に恐れ、不潔きわまる慣習と断じるソラリア人の世界は、見えない新型コロナウイルスにおびえる今のソーシャルディスタンス社会そのものだ。