抗ウイルス薬なぜ使い回すか 新型コロナウイルス治療法に関する話12020年03月23日 20:43

 新型コロナウイルスの患者に抗HIV薬やインフル薬をなぜ使い回すのか。こういう疑問を持つ人も結構いるようだ。本来、抗ウイルス薬はウイルスの種類ごとに特化し、ヒトの正常な細胞は傷つけにくい化合物を作って使うのが正しい。実際、新型コロナウイルスに対しても新規の抗ウイルス薬を開発するという話は聞く。だが、それに何年かかるのか、一般の人は分かっているのだろうか。それはこんな順番になる。

候補探し段階
(1)標的にするウイルスの部品(酵素など)を決め、その詳しい構造などを調べる。(2)標的(酵素など)にくっついてその機能を妨げる化合物をデータベースから探す。ない時は作る。(3)見つけた、もしくは、作った化合物を改良し、より強く標的に作用するようにし、薬の候補物質とする。

候補絞り込み段階
(4)試験管内の細胞を使った実験や動物実験で、候補物質にウイルスの増殖を抑える効果があるか試す。

実用に向けた試験
(5)2、3個の候補物質を決め、人間を対象にして、安全性試験、有効性試験をする。
(6)以上のデータをそろえて、政府機関に承認申請を出し、審査を受けて、販売承認を得る。
 さて、(1)~(3)の候補探しは、合成化学とコンピューターによる解析の技術の発達により、かなり、素早くできるようになった。(4)の絞り込みもそんなに時間はかからない。だが、ここで毒性が出てしまい、せっかく努力が水の泡になる候補も多々ある。一番の難所は、(5)だ。試験に参加してくれる人をリクルートして、長期の試験をしなければならない。大変な予算と時間がかかる。しかも、副作用が強かったり、効果がなかったり、失敗に終わって、世界に冠たる巨大製薬企業の存亡に関わるような損失になる事もある。
 全体で20年ぐらいかかる事もしばしば。半年から1年ぐらいで新型コロナウイルスが普通の風邪ウイルスになってしまい、開発中の薬が無用の産物になってしまう事もあり得る。そもそも、9割以上の人が放っといても治る病気に薬は必要ない。インフルエンザの治療薬が認められたのは極めて特殊な事情だ。
 これを大幅に短縮できるのが使い回しだ。すでに安全性試験が済んでるので、効果さえ確かめられればいい。承認されている薬の適用拡大は承認手続きもゼロからより手間がずっと少ない。開発費もはるかに安上がりだ。専用の抗ウイルス薬に比べると切れ味は鈍い。試験管内の実験では、元々のインフルやHIVに効く濃度の何十倍や何百倍も濃くしないと新型コロナウイルスに効かないというデータもある。それでも使い回しが一番現実的なのだ。新規開発は、間に合わないのと、営利企業である製薬にとってリスクが高すぎるからだ。
 20世紀の終わりに登場した抗HIV薬やC型肝炎の特効薬は画期的だ。これらは慢性化して体内に居座るウイルス。治療しないと命に関わる病気だ。だから、開発費を回収できるだけの利益を上げている。季節性インフルエンザの場合、毎年多数の患者が出るとはいえ、致死率が低く、治療薬がなければならない病気ではなかった。それでも承認されたのは、致死率は高いが人間にはまれにしか感染しない高病原性鳥インフルエンザが人間にも容易に感染するように変異し、大流行した場合、大きな被害が予想されたからだ。致死率の高い新型インフルエンザに備えるため承認された。最初は、発熱期間が1、2日短縮するぐらいの効果しかないのでは意味がないと懐疑的な医師もいた。だが、季節性インフルエンザで命の危険があるハイリスクな人たちや、高病原性鳥インフルエンザに感染した患者の救命率が上がるという報告が出ている。