ゲノム編集ベビー 無謀な実験の背景に地域格差貧富格差があるのではないか2020年01月09日 12:14

 ゲノム編集ベビー作製の賀建奎が実刑になった。受精卵の遺伝子を改変し、どんなに危険な性行為を繰り返してもHIVに絶対感染しない人間を作り出すといういかれた実験をやった研究者だ。この一連のニュースでずっと気になっている事がある。研究に受精卵を提供したHIV感染者である父親に関する賀建奎の発言だ。このゲノム編集ベビーの父親は「生きる希望をなくしていた」「この子の誕生で希望を持てたようだ」など。その内容が日本や欧米のHIV治療の現状とあまりにもかけ離れているからだ。
 以前、この事件の取材に関わっている人と話したら、「目立ちたいだけの戯れ言で、取り上げる価値もない」という評価だった。本当にそれで片付けていいのだろうか。

>>HIV感染者の父親から生まれてくる赤ちゃんへと感染が広がるのを防ぐ方法はすでに確立している。

>>安全性も有効性も確認されていない、リスクのある手法をとらなくても、感染は防げるのだ。

 これは科学的には完全に正しい。
だが、但し書きがつく。「ただし、科学的には確立していても、その恩恵を受けられるのは最先端医療を受けられる環境にある者だけである」と。また、そのような恩恵を受けられない医療後進国や貧困地域においては感染阻止ができないだけでなく、依然としてHIV感染は命に関わる脅威でもある。
  日本や欧米のHIV感染者であれば普通、生きる希望をなくしたりしない。
薬で治療をしていればエイズを発病することなく長生きできる。また、薬が効いていればウイルスの活動が極限まで抑えられ、他人に感染するリスクはほぼゼロになる。体外受精のような大変な方法を取らなくても、夫から妻に感染することなく普通に妊娠して健康な子どもが生まれる。治療を徹底することで新たな感染拡大は防げるのだ。だから、HIVに感染しないゲノム編集人間をつくる必要がそもそもない。
 賀建奎の試みに正当性は欠片もない。しかし、「そもそも無意味な研究」と切って捨てる科学報道には医療先進国の常識に囚われた傲慢を感じる。このような無謀でルール無視の実験がされる背景に、中国のあまりに大きい地域格差、貧富格差があるのではなかろうか。
 中国でも都市部の富裕層は日本や欧米とさほど変わらず、HIV感染が絶望的な状況という認識はもはやないかもしれない。だが、高額な輸入薬品に頼らざるを得ない中国で、農村部の貧困層や中流の下層はまともな医療は受けられないだろう。
 そのような環境では、夫婦間感染や母子感染、さらには他人への感染拡大を防ぐ手立てがなく、ベルリンの壁崩壊前の東欧諸国のようにHIVの蔓延が進む(すでに広がっている)可能性がある。HIVに感染しないゲノム編集人間を作ろうというバカげた試みにそんな社会状況が影響を与えてはいないのか。そんな観点の報道があってしかるべきだと思う。

<ゲノム編集ベビーの賀建奎博士に懲役3年の実刑判決 では、日本で起きたら?>
https://news.yahoo.co.jp/byline/takumamasako/20191231-00108895/